先生の存在感

ヘリーン・J・内田

信じられないような話ですが、以前リトル・アメリカで教えていた先生の一人が映画、「マトリックス」に出演しているのです。オーストラリア出身の彼はジェレミー・ボールといい、映画ではちょっとしたシーンに出ています。

私はジェレミーから“存在感”というものを学びました。10年程前、主人がはじめて県議選に出馬を決めた頃、選挙戦に向けての決起集会が開かれました。約 400人のお客様が招かれ、リトル・アメリカのスタッフも支持を表明するために出席しました。冒頭の幾つかのスピーチが一段落し、出席者たちがビュッフェ で食事をとりはじめると、私は皆さんにスタッフを紹介することになりました。私はやや緊張しながら、一生懸命日本語で挨拶をしました。出席者たちは私の話 よりも食べ物の方に興味をもっていたようで、ほとんど誰からも注目されませんでした。それからスタッフを紹介し、それぞれが一言ずつ挨拶すると、お客様た ちからは礼儀正しく、拍手が起こりました。ジェレミーの番になると、彼はマイクのところで足を広げ、背筋を伸ばし、手を後ろで組んで、胸を突き出して立ち ました。彼はゆっくり息を吸い込むと、これから何か大変なことを言うぞと言わんばかりにスーと息を吐き出しました。場内はしーんと静まり返り、これから何 を言うのか、何をするのかと一同(400人全員)が注目しました。場内は完璧に彼の手中にあるかのようでした。結局彼は自分の名前、出身地を述べた後、愛 想良く、「よろしく。」と言っただけでした。しかし、出席者たちはまるで彼のとりこになったかのようでした。彼の番が終わると一同はおしゃべりと食事に戻 りました。それだけのことでしたが、その一件は私に強烈な印象を残しました。彼にはどうしてあのようなことができたのでしょう。それは“存在感”でした。 彼は人々を見渡し、どういう人たちかを自分なりに捉え、話しかけ、そして彼らの心を勝ち取ったのです。

そのジェレミーがメジャーな映画で役をもらったと知っても驚きではありませんでした。福岡で教えているときでも、彼は常に観衆を魅了していました。生徒は みんな彼に憧れていました。彼が教室に入ると、ちょっと間があり、それから沈黙が続きました。そして演奏家たちの注意を喚起しようと指揮棒を上げんとして いる指揮者のようにクラスを見渡し、それから授業を始めるのでした。たとえ授業の準備ができていない時でも、彼はいつもみんなの興味を引き付けていまし た。

みなさんもどうかご自分の“存在感”について考え、それを開発して生徒の心を捉え、勝ち取れるよう駆使してみてください。そして、是非マトリックスをご覧になって、ジェレミー・ボールを探してください。